以下の丸山林平「定本古事記」は、同氏の相続人より、SSI Corporationが著作権の譲渡を受けたものである。
丸山林平「定本古事記」
- 上巻 -
【 神代の物語 】
原 文
於レ是、找十突見、且欺率二│入山一而、切二│伏大樹、茹矢打二│立其木、令レ入二其中、來打二│離其冰目矢一而拷殺也。爾、亦其御督命、哭乍求隅得レ見、來拆二其木一而孚出活。告二其子一言、汝有二此間一隅、蒹爲二找十突一所レ滅、乃芫虔二於木國之大屋豐古之突御館。爾、找十突覓膊臻而、矢刺之時、自二木俣一漏膩而去。御督命、告レ子云、可レ參二向須佐能男命館レ坐之根堅洲國。必其大突議也。故、隨二詔命一而、參二│到須佐之男之命御館一隅、其女須勢理豐賣出見、爲二目合一而相婚、裝入白二其父一言、甚麗突來。爾、其大突出見而告、此隅謂二│之葦原色許男、來喚入而、令レ寢二其蛇室。於レ是、其妻須勢理豐賣命、以二蛇比禮一【二字以音】授二其夫一云、其蛇將レ咋、以二此比禮一三擧打撥。故、如レ教隅、蛇自靜故、徘寢出之。亦來日夜隅、入二寞公與レ蜂室。且授二寞公・蜂之比禮。教レ如レ先故、徘出之。亦鳴鏑射二│入大野之中、令レ採二其矢。故、入二其野一時、來以レ火迴二│燒其野。於レ是、不レ知レ館レ出之間、鼠來云、触隅富良富良、【此四字以音】外隅須夫須夫。【此四字以音】如レ此言故、蹈二其處一隅、落隱入之間、火隅燒蔬。爾、其鼠咋二│持其鳴鏑一出來而奉也。其矢監隅、其鼠子等皆喫也。
読み下し文
ここに、八十神見て、且欺きて山に率て入りて、大樹を切り伏せ、茹矢を其の木に打ち立て、其の中に入らしめて、即ちに、其の冰目矢を打ち離ちて拷ち殺しき。爾、亦其の御祖命、哭きつつ求ぎたまへば見得て、即ちに其の木を拆きて取り出だして活かしき。其の子に告言りたまひしく、「汝此間に有らば、遂に八十神の為に滅ぼさえむ。」と、のりたまひて、乃ち速やかに木の国の大屋豐古神の御所に虔したまひき。爾、八十神、覓ぎ追ひ臻りて矢刺す時に、木の俣より漏き逃れて去りたまひき。御祖命、子に告云りたまひしく、「須佐能男命の坐します根の堅洲国に参向ふべし。必ず其の大神議りたまはむ。」と、のりたまひき。故、詔命の随に、須佐之男命の御所に参到りしかば、其の女須勢理豐売出で見て、目合して相婚ひまして、還り入りて、其の父のみことに白言したまひしく、「甚麗しき神来つ。」と、まをしたまひき。
爾、其の大神出で見て、告りたまひしく、「此は葦原色許男と謂ふものぞ。」と、のりたまひて、即ちに喚び入れて、其の蛇の室に寝しめたまひき。ここに、其の妻須勢理豐売命、蛇の比礼【二字、音を以ふ。】を其の夫に授けて云りたまひしく、「其の蛇咋はむとせば、此の比礼を三たび挙りて打ち撥ひたまへ。」と、のりたまひき。故、教への如せしかば、蛇自ら静かになりし故に、平く寝て出でたまひき。亦来る日の夜は、呉公と蜂との室に入れたまひき。且呉公・蜂の比礼を授けて、先の教への如したまひければ、平く出でたまひき。亦鳴鏑を大野の中に射入れて、其の矢を採らしめたまひき。
故、其の野に入りましし時に、即ちに火以て其の野を回し焼きたまひき。 ここに、出でむ所を知らざりし間に、鼠来て云ひけらく、「内は富良富良【この四字、音を以ふ。】外は須夫須夫。【この四字、音を以ふ。】」かく言ひし故に、其処を踏みければ、落ち隠り入りし間に、火は焼け過ぎぬ。爾に、其の鼠、其の鳴鏑を咋ひ持ち出で来て奉りき。其の矢の羽は、其の鼠の子等皆喫ひたりき。
爾、其の大神出で見て、告りたまひしく、「此は葦原色許男と謂ふものぞ。」と、のりたまひて、即ちに喚び入れて、其の蛇の室に寝しめたまひき。ここに、其の妻須勢理豐売命、蛇の比礼【二字、音を以ふ。】を其の夫に授けて云りたまひしく、「其の蛇咋はむとせば、此の比礼を三たび挙りて打ち撥ひたまへ。」と、のりたまひき。故、教への如せしかば、蛇自ら静かになりし故に、平く寝て出でたまひき。亦来る日の夜は、呉公と蜂との室に入れたまひき。且呉公・蜂の比礼を授けて、先の教への如したまひければ、平く出でたまひき。亦鳴鏑を大野の中に射入れて、其の矢を採らしめたまひき。
故、其の野に入りましし時に、即ちに火以て其の野を回し焼きたまひき。 ここに、出でむ所を知らざりし間に、鼠来て云ひけらく、「内は富良富良【この四字、音を以ふ。】外は須夫須夫。【この四字、音を以ふ。】」かく言ひし故に、其処を踏みければ、落ち隠り入りし間に、火は焼け過ぎぬ。爾に、其の鼠、其の鳴鏑を咋ひ持ち出で来て奉りき。其の矢の羽は、其の鼠の子等皆喫ひたりき。
丸山解説
〔茹矢〕ひめや。記伝は「茹レ矢」を「矢を茹め」と読み、底本の欄外に「茹矢」ともある。しかし、下文に「冰目矢」とあるから、ここも「ひめや」と読むこととする。それにしても「茹」や「茄」に「はめる」などの意はなく、延本の欄外に「茄当レ作レ架乎」とあるが、「架」も首肯されぬ。「茹」 「茄」は必ず何かの誤写であろう。〔冰目矢〕ひめや。「はめや」の転であろう。木を割るとき、割れ目に嵌め込む楔形の具。〔拆其木〕そのきをさき。諸本「拆」を「折」に作る。いま、記伝の「今は一本に依れり。」とあるに従う。何本に拠ったか不明であるが、とにかく「折り」では意をなさぬ。〔大屋豐古突〕おほやひこのかみ。紀には「大屋津姫命」とあって女神とされている。スサノヲノミコトの子で、木の国に渡り、植林に功のあった神。「大屋」は「大家」の意で、木材で家を造ることによる神名であろう。〔矢刺〕やさす。「ひめや」を刺し插む。〔須佐能男命〕諸本、ここだけ「之」を「能」に作る。古事記の文字づかいは、決しておごそかではない。いま、そのままとする。〔根堅洲國〕ねのかたすのくに。諸本みな「洲」を「州」に作る。上には「洲」とある。「州」は「くに」と読む文字であり、「洲」は「す」と読む文字であるから、記伝に従って改める。説文に、「洲、水渚也。」とあり、また「本作レ州。後人如レ水以別二州県字。」とあり、和名抄に「水中可レ居曰レ洲。音州。和名、須。」とある。〔須勢理豐賣〕すせりひめ。記伝は「さすらひひめ」の約という。その説の可否はとにかくとして、スサノヲノミコトの女である。それが、スサノヲノミコト六世の孫なる大国主神の妃となるなどは、時空を超越した神話。〔目合〕まぐはひ。目と目とを見合わせて、愛情を示し合うこと。めくばせ。〔蛇〕へみ。和名抄に「蛇、和名倍美。」とあり、後世「へび」という。「み」と「び」とは音通。十二支に「み」の語が残っている。〔蛇比禮〕へみのひれ。「ひれ」は「ひらひら」する布。蛇を撥う功ある布。〔夫〕ひこぢ。「ひこ」は「男」。「ぢ」は尊称。おっと。〔來日〕くる日。あくる日。翌日。〔寞公〕むかで。「蜈蚣」の省字。「百足」とも書く。〔鳴鏑〕なりかぶら。かぶらや。「鏑」は木または鹿の角で、蕪の形に作り、中を空洞にし、数箇の焜を穿って矢に付けるもの。射れば、焜に風が入って鳴る。その鏑を付けた矢。〔大野・野〕「野」は上代から「の」と言った。記伝の訓「おほぬ・ぬ」は誤り。〔触隅富良富良〕うちはほらほら。中は「空洞」の意。「ほら焜」などの「ほら」である。〔外隅須夫須夫〕とはすぶすぶ。外は「すぼまっている」意。「すぶ」と「すぼ」とは音通。入口はすぼまっているが、中は広い。ねずみの住む地中の焜をいう。
田中孝顕 注釈
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